奈良芸術文芸サロン|歴史観光の佐保山茶論

奈良芸術文芸サロン|歴史観光の佐保山茶論
万葉・歴史講座
 
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万葉・歴史講座
万葉集講演会 (2014.12.12 終了)
万葉集 柿本人麻呂の名作「東(ひむがし)の野に」歌の謎に迫る


   お話し 駒澤大学名誉教授・高岡市万葉歴史館名誉館長 小野 寛

 万葉集に柿本人麻呂の、軽皇子(のちの文武天皇)のお伴をして宇陀の阿騎野(あきの)に狩りに出かけて野営した時に歌った歌がある。その中にこの「東(ひむがし)の野に」の歌がある。その原文は「東野炎立所見而反見為者月西渡」(巻1-48)とある。これは書かれた文字数が少なく訓(よ)みづらい。平安時代から鎌倉初期までは訓めなかった。鎌倉中期に学僧仙覚(せんがく)が始めて「東野(あづまの)の炎(けぶり)の立てる所(ところ)見て反(かへ)り見すれば月かたぶきぬ」と訓んだ。他に「東野(あづまの)炎(もえ)立つ見えて」と訓む本もあり、結句も「月西渡る」と文字通りに訓むものもある。それを江戸時代一の国学者で歌人の賀茂真淵(かものまぶち)が「東(ひむがし)の野に炎(かぎろひ)の立つ見えて反り見すれば月かたぶきぬ」と訓んで、この「炎(かぎろひ)」は「明(あけ)る空の光の立(たつ)をいふ」と解説した。しかし「炎(かぎろひ)」は陽炎、かげろうで、真淵のいう意味はない。この「炎」は何か、どう訓むのか、考えてみよう。小野 寛

◇小野 寛(おの ひろし) プロフィール
昭和9年(1934)1月、京都市に生まれる。奈良県立奈良高等学校から昭和28年(1953)東京大学入学。昭和32年(1957)東京大学文学部国文学科卒業。昭和38年(1963)年東京大学大学院人文科学研究科国語国文学専攻修士課程修了。昭和41年(1966)学習院大学文学部講師。昭和43年(1968)学習院女子短期大学助教授、同48年(1973)教授。昭和55年(1980)駒澤大学文学部教授。上代文学を専攻し、『万葉集』の研究、大伴家持の研究に従事する。平成16年(2004)定年により駒澤大学教授を退職、駒澤大学名誉教授となる。同年4月1日、高岡市万葉歴史館館長に就任。平成23年3月、同館長を退任、現在同館名誉館長。上代文学会顧問。四季短歌会顧問。歌誌『四季』に「万葉集講読」連載中。編著書に『新選万葉集抄』(笠間書院)、『年表資料上代文学史』(共著、笠間書院)、『大伴家持研究』(笠間書院)、『和歌大辞典』(共編、明治書院)、『孤愁の人 大伴家持』(新典社)、『上代文学研究事典』(共編、おうふう)、『万葉集歌人摘草』(若草書房)、『萬葉集全注 巻第十二』(有斐閣)、『大伴家持大事典』(編著、笠間書院)、『コレクション日本歌人選 大伴家持』(笠間書院)などがある。

奈良・文学ぷろむなーど   (2013.12.14 終了)
奈良・文学ぷろむなーど

第6回


万葉集講演 
 
大伴家持の愛弟を思う歌


   お話し 駒澤大学名誉教授・高岡市万葉歴史館名誉館長 小野 寛

 大伴家持が越中守として北陸道越中国に赴任する時、奈良山を越え木津川のほとりまで送ってくれた弟書持が、その2ヶ月後急逝した。木の花や草の花が好きだった弟は佐保の邸の庭にいっぱい植えて、朝に夕に庭に出て、慈しみ愛でていた。その弟の訃報を受けて、そらごとかざれごとかと疑い、信じられず、その悲しみを長歌に歌った。天平18年(746)9月25日のことである。この歌をよもうと思う。
 近親者の死は家持の文学をまた幅を大きく、豊かにさせた。これは柿本人麻呂の「泣血哀慟歌」に始まり、山上憶良や父大伴旅人が歌い、弟の死を悼む田辺福麻呂の挽歌もあり、それらの先例を学んだ文学作品を意図してもいます。家持のこの歌には佐保の里や佐保の山も出てきます。  小野 寛


◇小野 寛(おの ひろし) プロフィール

昭和9年(1934)1月、京都市に生まれる。奈良県立奈良高等学校から昭和28年(1953)東京大学入学。昭和32年(1957)東京大学文学部国文学科卒業。昭和38年(1963)年東京大学大学院人文科学研究科国語国文学専攻修士課程修了。昭和41年(1966)学習院大学文学部講師。昭和43年(1968)学習院女子短期大学助教授、同48年(1973)教授。昭和55年(1980)駒澤大学文学部教授。上代文学を専攻し、『万葉集』の研究、大伴家持の研究に従事する。平成16年(2004)定年により駒澤大学教授を退職、駒澤大学名誉教授となる。同年4月1日、高岡市万葉歴史館館長に就任。平成23年3月、同館長を退任、現在同館名誉館長。上代文学会顧問。四季短歌会顧問。歌誌『四季』に「万葉集講読」連載中。編著書に『新選万葉集抄』(笠間書院)、『年表資料上代文学史』(共著、笠間書院)、『大伴家持研究』(笠間書院)、『和歌大辞典』(共編、明治書院)、『孤愁の人 大伴家持』(新典社)、『上代文学研究事典』(共編、おうふう)、『万葉集歌人摘草』(若草書房)、『萬葉集全注 巻第十二』(有斐閣)、『大伴家持大事典』(編著、笠間書院)、『コレクション日本歌人選 大伴家持』(笠間書院)などがある。

奈良・文学ぷろむなーど (2013.12.4 終了)
奈良・文学ぷろむなーど
第5回

第1部 文芸講演会

折口信夫の死者の書の世界
―二上山の落日―
うつそみの人なる我や明日よりは二上山を弟世と我が見む 大伯皇女

お話し 鈴木昭一 藤村記念館(木曽馬籠)館長

鈴木昭一 プロフィール
1927年生まれ。大和郡山市在住。京都大学文学部文学科国文専攻卒業(1951年)。藤村記念館(木曽馬籠)館長(平成10年〜現在)、島崎藤村学会名誉会長、帝塚山短期大学名誉教授。社会活動:奈良婦人読書会(昭和43年〜現在)、藤村文学を読む会(昭和55年〜現在)。著書:「島崎藤村論」(桜楓社・昭和54年)、「『夜明け前』研究」(桜楓社・昭和62年)、「『夜明け前』論―史料と翻刻―」(桜楓社・平成6年)、「『夜明け前』探求―史料と翻刻―」(桜楓社・平成10年)、「島崎正樹(重寛)全歌集」(藤村記念館・平成19年)「『夜明け前』・『東方の門』研究―史料と翻刻―」(桜楓社・平成20年)、他。

第2部 演奏会  

は ゆ ら う
〜日本の心で編みなおした、世界の愛唱歌〜

おとくゆる 丸谷晶子(歌)& 岡崎泰正(ギター)


奈良・文学ぷろむなーど  (2013.10.25 終了)
奈良・文学ぷろむなーど
第4回
―第65回正倉院展開催にちなんで―

第1部 正倉院と森鴎外

お話し 鈴木昭一 藤村記念館(木曽馬籠)館長 

鈴木昭一 プロフィール
1927年生まれ。大和郡山市在住。京都大学文学部文学科国文専攻卒業(1951年)。藤村記念館(木曽馬籠)館長(平成10年〜現在)、島崎藤村学会名誉会長、帝塚山短期大学名誉教授。社会活動:奈良婦人読書会(昭和43年〜現在)、藤村文学を読む会(昭和55年〜現在)。著書:「島崎藤村論」(桜楓社・昭和54年)、「『夜明け前』研究」(桜楓社・昭和62年)、「『夜明け前』論―史料と翻刻―」(桜楓社・平成6年)、「『夜明け前』探求―史料と翻刻―」(桜楓社・平成10年)、「島崎正樹(重寛)全歌集」(藤村記念館・平成19年)「『夜明け前』・『東方の門』研究―史料と翻刻―」(桜楓社・平成20年)、他。


第2部 リュート演奏会

演奏&解説 佐野健二(リュート)


奈良・文学ぷろむなーど (2013.8.31 終了)
奈良・文学ぷろむなーど

第3回


第1部 唐招提寺ゆかりの文人
松尾芭蕉・会津八一・島崎藤村・井上 靖

お話し 鈴木昭一 藤村記念館(木曽馬籠)館長

鈴木昭一 プロフィール
1927年生まれ。大和郡山市在住。京都大学文学部文学科国文専攻卒業(1951年)。藤村記念館(木曽馬籠)館長(平成10年〜現在)、島崎藤村学会名誉会長、帝塚山短期大学名誉教授。社会活動:奈良婦人読書会(昭和43年〜現在)、藤村文学を読む会(昭和55年〜現在)。著書:「島崎藤村論」(桜楓社・昭和54年)、「『夜明け前』研究」(桜楓社・昭和62年)、「『夜明け前』論―史料と翻刻―」(桜楓社・平成6年)、「『夜明け前』探求―史料と翻刻―」(桜楓社・平成10年)、「島崎正樹(重寛)全歌集」(藤村記念館・平成19年)「『夜明け前』・『東方の門』研究―史料と翻刻―」(桜楓社・平成20年)、他。


第2部 筑前琵琶演奏会
海を越えて渡来したBiwa

琵琶・弾き語り 田原順子と4人の琵琶仲間


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